見えない敵から美術品を守るケミカルフィルタ「ギガソーブ」の効果と導入メリット
目には見えないわずかなガスが、美術品やフィルム、貴金属をじわじわと傷めていく――こうした「分子状汚染物質」への対策が、今まさに求められています。
美術品や文化財、フィルム、貴金属は、空気中にわずかに含まれるガスによって長期的に劣化します。代表的な汚染ガスと劣化の影響は次の通りです。
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分類 |
汚染物質 |
文化財への影響 |
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塩基性 |
アンモニア |
油絵の具の色を変える |
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有機系 |
酢酸・ギ酸 |
絵の具や鉛を白く変質させる |
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アルデヒド類 |
のり(膠)を固めて割れやすくする |
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酸性等 |
二酸化硫黄 |
金属をサビさせる |
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窒素酸化物 |
色あせ・サビ・材料を弱くする |
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硫化水素 |
銀や銅を変色させる |
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塩化水素 |
金属を激しくボロボロにサビさせる |
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二酸化炭素 |
絵の具の色をじわじわ変える |
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その他 |
オゾン |
紙や布、ゴムをボロボロにする |
分子状汚染物質の脅威と影響
酸性・アルカリ・有機ガスは、銀器の黒変、銅像の緑青、紙の脆化、油彩絵具の褐変、フィルムの劣化などに直結し、文化財や高額品へ深刻なダメージを与えます。こうした劣化は不可逆的で、変化が目に見える段階では既に修復が困難なケースが多いのが現実です。
「ギガソーブ」とは
ギガソーブは、ニッタが展開するケミカルフィルタシリーズの総称で、酸性ガス除去用・塩基性ガス除去用・有機ガス除去用の3種類のマット状フィルタで構成されています。それぞれが異なる化学反応や吸着メカニズムを持ち、組み合わせることで展示ケース・保管庫・空調システムの分子状汚染物質を包括的に除去します。
本稿では、ギガソーブの仕組みと特長、ガス腐食やフィルム劣化との関係、導入メリット、さらに運用のポイントまでを整理してご紹介します。
ケミカルフィルタの基本原理
ケミカルフィルタは、分子状汚染物質を化学反応または物理吸着によって除去します。
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酸性ガス/有機系ガス用: アルカリ性薬剤を添着した球状活性炭による中和反応+物理吸着
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塩基性ガス用: 酸性薬剤を添着した球状活性炭による中和反応+物理吸着
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有機系ガス用: 球状活性炭による物理吸着
「酸性・アルカリ・有機ガスを一度に除去できる万能フィルタ」は存在しないため、包括的な保護には3種類のフィルタを組み合わせが不可欠です。
ギガソーブの特長
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包括的な対策:酸性・塩基性・有機系ガスへの同時アプローチが可能
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長寿命:厚手20mmマットで吸着容量が大きく、交換頻度を低減
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安全性:不織布包装により発塵を防止し、対象物近傍にも安心して設置
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省エネ効果:外気導入を抑え、空調負荷を軽減
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低圧損設計:空調機への組込みでも送風機負荷を抑え、効率的に運用可能
この低圧損設計により、ギガソーブは展示ケースや保管庫に限らず、空調システムに組み込んで広範囲の空間を保護する用途にも適しています。
分子状汚染ガスと美術品保護の重要性、そしてギガソーブの役割
美術品や文化財は、硫黄酸化物(SO₂)、硫化水素(H₂S)、窒素酸化物(NOx)、有機酸(酢酸・ギ酸)、アンモニアなどの微量ガスによって劣化します。湿度が高い環境ではガスが水分に溶けて酸性の薄膜を形成するため、温湿度管理だけでは防ぎきれません。
ギガソーブは20mm厚のマット型フィルタで、展示ケースや保管庫に静置することでガス濃度を下げ、腐食や変色の進行を抑制します。
導入メリットと事例
ギガソーブを導入することで、以下の効果が期待できます:
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銀器の黒変防止
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油彩画の褐変・黄変抑制
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フィルムのビネガーシンドローム進行防止
国内外の博物館やアーカイブでは、活性炭系フィルタを展示ケースに設置し、酢酸やホルムアルデヒドをppbレベルで安定化した事例、銀器展示ケースで黒変防止に成功した例、古書の酸性化抑制に効果を示した例などが報告されています。
ガス腐食という美術品の宿敵
ガス腐食とは、硫黄化合物・窒素化合物・有機酸などの腐食性ガスが表面に吸着し、化学反応を起こして劣化を進める現象です。展示ケース内部では、
• 木材や接着剤の酢酸・ギ酸
• 建材由来のアンモニアなどのアルカリ性ガス
• 外気・呼気由来のNOx・SOx
が蓄積しやすい条件になります。
銀器の黒変、銅像の緑青、鉄製品の赤錆だけでなく、金属イオンが絵具層やフィルムのゼラチン層へ移行し、染料分解や分子鎖切断を引き起こすこともあります。
酸性ガスの影響—危険な存在
酸性ガス(酢酸、ギ酸、SO₂、H₂Sなど)は以下のような影響を及ぼします:
• 銀・銅などの硫化による黒変・緑青発生
• 紙の酸性化(酸性紙病)による脆化
• 木製額・台紙からの有機酸により油彩絵具の黒変・粉化
湿度が高いほど酸性ガスは水に溶けやすく、表面で酸性膜を形成するため、温湿度管理だけでは防ぎきれません。
アンモニアによる被害事例
アンモニアは特に銅合金への腐食性が強く、青銅器・貨幣・銅版画で孔食や変色の原因になります。また油彩絵具の褐変や染料の変色にも関与するため、文化財保存では酸性ガス同様に注意が必要です。
フィルム劣化
セルロースアセテート基材は酸性環境下で加水分解が進み酢酸を放出します。これが隣接フィルムへ移ることで劣化が連鎖し、いわゆるビネガーシンドロームが進行します。
油彩褐変
油彩の褐変は、顔料・ワニス層の有機化合物が酸化・重合し光反射が変わることで発生します。
• SO₂やNOxが酸化反応を促進
• O₃やNO₂が有機顔料の退色を誘発
• アンモニアが銅顔料を変質
空気質改善なしでは長期保存は困難です。
汚染ガス吸着材の導入事例と成功のポイント
国内外の事例としては、次のような報告があります。
• 国立民族学博物館:展示ケースに VOC 吸着シートを長期設置し、酢酸・ホルムアルデヒド濃度を ppb オーダーで安定化
• 東京国立博物館・大英博物館:銀器展示ケースに活性炭系フィルタを導入し、黒変防止に成功
• 図書館・公文書館:汚染ガス吸着シートなどの吸着材により、古書の酸性化や臭気を抑制
いずれも、吸着材の活用が保存環境の安定化に寄与した事例です。
成功している施設に共通するポイントは次の通りです。
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導入前に空気質を測定し、汚染源やホットスポットを把握している
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パッシブインジケーターや測定器を用いて、ガス濃度を定期的に確認している
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交換時期を「期間」ではなく、環境の変化に基づいて判断している
これらを継続的に行うことで、吸着材の効果を最大限に発揮し、長期的な保存環境の維持が可能になります。
ギガソーブが解決する劣化問題
こうした汚染ガスによる劣化のリスクは、目立った変色が見えてからでは対処が難しく、予防的な対策が重要になります。ギガソーブのようなケミカルフィルタを保管庫や収納ケースに静置することで、腐食などの劣化を抑制し、局所的なホットスポットの形成を低減することができます。
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貴金属の腐食速度の低減
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紙・フィルムの酸性化抑制
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油彩や染織品の色変化の抑制
まずは、小規模なケースや保管箱などから試験導入し効果を確認してみてはいかがでしょうか。その実感が、施設全体の保存環境をアップデートしていく第一歩になります。
ケミカルフィルタの寿命と交換の重要性
ケミカルフィルタの性能は「永久」ではなく、設置環境によって寿命が大きく変わります。交換せずに長期間使用を続けると、以下のリスクが生じ、保存環境の安定性を損ないます。
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捕捉したガスの「脱離(再放出)」 主に有機系フィルタで発生。より吸着力の強いガスに押し出されたり(椅子取りゲーム現象)、温度変化によって一度捕まえたガスが再び漏れ出したりします。
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反応生成物の「再飛散」 主に酸性・塩基性フィルタで発生。中和反応で生じた物質や薬剤が劣化し、微細な粉塵となって室内に飛び散ります。
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除去能力の消失(破過) 寿命を迎えたフィルタをガスがそのまま通り抜け、文化財の変色や腐食を招きます。
推奨される交換サイクル
少なくとも年1回、必要に応じて半年ごとの交換を検討してください。さらに、パッシブインジケーターやガス濃度測定と併用し、交換時期を「期間」ではなく環境の変化で判断することが重要です。
ポイント
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定期的な状態確認でリスクを最小化
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長期設置は避け、計画的な交換を徹底
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保存環境の変化に応じた柔軟な対応
ケミカルフィルタは、導入後の運用管理によって効果が大きく変わります。適切な交換とモニタリングで、保存環境を最適化しましょう。











